アイナ・ジ・エンドの高校は進学校!10時間授業を抜け出してダンスに没頭、勉強より夢を選んだ学歴

BiSHのメインボーカルとして活躍し、今はソロで紅白歌合戦にも出場した歌手のアイナ・ジ・エンドさん。

どこの高校に通っていたのか、勉強は得意だったのか、気になっている方も多いはず。

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アイナ・ジ・エンドさんの高校や学校生活、そして学歴や勉強との向き合い方まで調べてみました。

記事のポイント

  • 高校は授業時間の長い進学校だった
  • 高校時代は学校よりダンスに夢中になった
  • 受験のときは本気で勉強に打ち込んだ
  • 大学には進まず、夢を追って上京した

アイナ・ジ・エンドの高校は進学校!ダンスに夢中だった学校生活

  • 高校は大阪の履正社高校とされる
  • 第1志望に落ち、10時間授業の進学校へ
  • 高1の終わりにダンスを再開、学校から足が遠のく
  • 難波の駅で裸足で踊るほどのめり込んだ
  • 放課後はカラオケ、アルバイトもダンスのため
  • 高校生で行った初ライブで打ちのめされる
  • 高3で親友の言葉を受け、歌の道へ

高校は大阪の履正社高校とされる

アイナ・ジ・エンドさんの高校は、大阪府の履正社高校とされています。


画像参考:yahoo画像検索

本人が学校名を明かしたことはありませんが、ネット上では複数の情報から履正社高校の出身と言われています。

履正社高校は、野球部やサッカー部が全国大会の常連として知られる私立高校。

コースによって偏差値は大きく違い、情報サイトでは49〜64ほどとされています。

本人も「進学校に入っちゃって」と話していることから、勉強に力を入れるコースだった可能性が高そう。

第1志望に落ち、10時間授業の進学校へ

アイナ・ジ・エンドさんは、第1志望の高校に落ち、第2志望の進学校に入りました。

2025年2月のJ-WAVEの番組で、本人は「めちゃめちゃ勉強して、第1志望落ちて第2志望の高校行くんですけど、その学校が10時間授業とかで」と振り返っています。

1日に10時間も授業がある学校とは、かなりの進学校。

最初のうちは、勉強もしっかり頑張っていたそうです。

ところが、その生活は長くは続かないことに。

高1の終わりにダンスを再開、学校から足が遠のく

高校1年生の終わりに、アイナ・ジ・エンドさんはダンスを再開しました。

高校受験のために中学2年生でいったんダンスを辞めていたものの、突然またダンスがやりたくなったのだとか。

10時間授業を6時間目くらいで切り上げて早退し、ダンスを習い始めたといいます。

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10時間授業を途中で抜けてダンスへ向かうなんて、気持ちの強さが伝わってきます。

そこからは「学校行かなくなっちゃう」ほど、ダンス中心の毎日に。

難波の駅で裸足で踊るほどのめり込んだ

高校時代のアイナ・ジ・エンドさんは、難波の駅のあたりを裸足で踊り歩くほどダンスに夢中でした。

ジャズダンスは裸足で踊るため、ターンの練習をしすぎて足の裏が血だらけになったこともあったそう。

どれだけ練習しても3回転以上回れないのが悔しくて、足の裏を強くしようと外で裸足で踊っていたといいます。

学校には行けない時期があっても、ダンスだけは休まず通っていたというほど。

高校時代の中心にあったのは、勉強ではなくダンスだったと言えそう。

放課後はカラオケ、アルバイトもダンスのため

放課後は、友達とよくカラオケに遊びに行っていました。

2018年のタウンワークマガジンのインタビューでは、カラオケで働けばいっぱい歌えると思って、カラオケ店でアルバイトを始めたと話しています。

1年半ほど働いたものの、本人いわく要領が悪くて失敗ばかりだったとか。

その後は、ダンスの時間を増やすため、週1回だけ入れるシュークリーム店で働くことに。

稼いだお金は、全部ダンスと歌に使っていたといいます。

高校生で行った初ライブで打ちのめされる

高校生だった2012年、アイナ・ジ・エンドさんは人生で初めてのライブに足を運びました。

自分でチケットを買って行ったのは、大阪城ホールでのBUMP OF CHICKENのライブ。

最高に楽しかった一方で、大きな舞台に立つ人たちの覚悟に触れ、「音楽をやるなんて無理だ」と打ちのめされたそうです。

恥ずかしくて手も挙げられなかったものの、帰ってからは家族に興奮して話し、日記にも何度も書くほど楽しかったのだとか。

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手を挙げられなかった高校生が、今は大きな会場で歌っていると思うと胸が熱くなります。

高3で親友の言葉を受け、歌の道へ

アイナ・ジ・エンドさんが歌に進むことを決めたのは、高校3年生のときでした。

舞台のオーディションをダンスで受けようとしていた時期に、ダンスの相方とカラオケへ。歌を聴いた親友から、「アイナは多分歌でやっていった方がいいと思う」「初めて尊敬した」と真剣に言われたといいます。

苦楽を共にした親友の言葉に背中を押され、オーディションも歌で受けることに。

高校3年生の終わりには、ダンススクールで講師のアルバイトもして、自分のクラスを持っていたほど。

ダンスと歌の両方に全力だった高校時代が、今のアイナ・ジ・エンドさんの原点になっています。

アイナ・ジ・エンドの学歴は?勉強は好きだったのか

  • 学歴は大阪の公立小中から履正社高校、大学には進まず
  • 中学時代はミュージカルスクールに通っていた
  • 高校受験では「めちゃめちゃ勉強」した
  • 高校では勉強よりダンス、好きだったとは言えなそう
  • 大学に合格し入学金も払ったが、上京を選んだ
  • 18歳で上京し、初めてのオリジナル曲を作る

学歴は大阪の公立小中から履正社高校、大学には進まず

アイナ・ジ・エンドさんの学歴は、大阪の公立の小中学校から履正社高校とされ、大学には進んでいません。

1994年12月27日生まれで、大阪府出身。小学校と中学校は地元の公立校に通っていたとされます。

高校は履正社高校とされ、卒業後は大学に進まず、18歳で上京しました。

最終学歴は高校卒業ということに。

ここからは、学校ごとにアイナ・ジ・エンドさんと勉強の関係を見ていきましょう。

中学時代はミュージカルスクールに通っていた

中学時代のアイナ・ジ・エンドさんは、ミュージカルスクールに通っていました。

2022年のクランクイン!のインタビューで、中学1年生から2年生くらいまでミュージカルスクールに行っていたと話しています。


画像参考:クランクイン

4歳から習っていたダンスも、中学2年生までは続けていたそう。

学校の勉強より、歌や踊りに夢中な中学生だったようです。

ただ、中学2年生でダンスをいったんやめ、高校受験に向き合うことに。

高校受験では「めちゃめちゃ勉強」した

アイナ・ジ・エンドさんは、高校受験のために本気で勉強しました。

「ちょっと高校受験をしっかりやってみようと思って」と、大好きなダンスを辞めてまで勉強に打ち込んだのです。

本人いわく、「めちゃめちゃ勉強して」第2志望の進学校に合格。

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大好きなダンスを休んでまで受験に向き合うあたり、やると決めたらとことんやる性格がよく出ていますね。

やると決めたら一気に集中する、そんなタイプなのでしょう。

高校では勉強よりダンス、好きだったとは言えなそう

勉強が好きだったかというと、好きだったとは言えなそうです。

進学校に入って勉強も頑張っていたものの、高校1年生の終わりにはダンスを再開。その後は学校に行かなくなったと本人が話しています。

クランクイン!のインタビューでも、高校3年生のころは「学校にちゃんと行けてなかった」と振り返っていました。

勉強ができなかったというより、それ以上に夢中になれるものがあった、ということ。

受験で発揮した集中力が、その後はダンスと歌に向かっていったのかもしれません。

大学に合格し入学金も払ったが、上京を選んだ

アイナ・ジ・エンドさんは、大学に合格して入学金も払ったものの、進学せずに上京しました。

大学への進学率が100%近い高校だったため、とりあえず大学に行くことになり、入学金も払っていたそう。

それでも夢をあきらめきれず、「東京にしかボイトレってないらしい」という嘘までついて、お母さんに上京したいとお願いしたのだとか。

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「東京にしかボイトレがない」という嘘、なんともかわいらしい作戦です。

最後はお母さんが「もういいよ」と折れてくれて、東京へ向かいました。

入学金まで払ってくれた家族の理解があったからこその、思い切った決断。

18歳で上京し、初めてのオリジナル曲を作る

上京したのは、18歳のときでした。

東京では中野駅の近くに住み、ライブハウスを一軒ずつ回って、ステージに立たせてほしいと頼む日々。最初は他の人の曲のカバーでライブをしていたそうです。

アーティストになるにはオリジナル曲が必要だと気づき、散歩しながら大声でメロディを口ずさんで作ったのが、きえないでという曲。

この曲は、のちに2018年のソロデビュー曲としてリリースされています。

学校の勉強からは離れても、夢のために学び続けた日々が、今のアイナ・ジ・エンドさんをつくっているのでしょう。

【まとめ】アイナ・ジ・エンドの高校は進学校!10時間授業を抜け出してダンスに没頭、勉強より夢を選んだ学歴

  • アイナ・ジ・エンドの高校は大阪の履正社高校とされるが、本人は学校名を明かしていない
  • 履正社高校の偏差値はコースによって49〜64ほど
  • 第1志望に落ち、10時間授業がある第2志望の進学校に入学
  • 高1の終わりにダンスを再開し、学校に行かなくなった
  • 難波の駅のあたりで裸足で踊るほどダンスに夢中だった
  • カラオケ店やシュークリーム店でアルバイトし、稼いだお金はダンスと歌に使った
  • 2012年、大阪城ホールでのBUMP OF CHICKENのライブが人生初のライブ
  • 高3のとき、ダンスの親友に「初めて尊敬した」と言われ歌の道へ
  • 高3の終わりにはダンススクールで講師のアルバイトもしていた
  • 小中学校は大阪の地元の公立校とされる
  • 中学1〜2年生のころはミュージカルスクールに通っていた
  • 高校受験のためにダンスを辞め、めちゃめちゃ勉強した
  • 大学に合格して入学金も払ったが、進学せずに上京
  • 18歳で上京し、初めてのオリジナル曲、きえないでを作った
  • きえないでは2018年にソロデビュー曲としてリリースされた

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