小林旭の息子について調べている方に向けた記事です。昭和を代表するスター・小林旭さんの子供は何人いるのか、息子の小林一路さんはどんな仕事をしているのか、娘の小林真実さんの現在の活動はどうなのかをまとめています。
小林旭の息子・小林一路と娘・小林真実の素顔に迫る!【小林旭 息子】
- 息子・小林一路はマイトガイレーベルの代表取締役!
- 小林旭の子供は何人いる?息子・一路と娘・真実の存在が判明!
- 娘・小林真実はバンドボーカルでカレー屋経営の多才な女性!
- 息子・一路が父のマネージャーを務めた知られざる日々!
- 青山京子の最期を看取った息子・一路の言葉が泣ける!
- 小林旭に孫はいる?家族の現在を大調査!
息子・小林一路はマイトガイレーベルの代表取締役!
昭和の大スター・小林旭さんの息子として知られているのが、小林一路(こばやし かずみち)さんです。一路さんは現在、父・小林旭さんが設立したプライベートレーベル「マイトガイレーベル」の代表取締役を務めており、音楽業界の裏方として活躍しています。

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「マイトガイ」とは、小林旭さんが演じた映画のキャラクターや楽曲のタイトルから生まれた愛称で、昭和の映画ファンには非常になじみ深い呼び名です。そのニックネームをレーベル名に使ったことからも、父への深いリスペクトと家族としての誇りが伝わってきます。
一路さんはメディアへの露出を最小限に抑えた裏方タイプで、本人の顔写真や生年月日、学歴といった詳細な個人情報はほとんど公にされていません。テレビや雑誌のインタビューに積極的に出ることはなく、あくまで父・小林旭さんを支える役割に徹しています。こうしたスタンスは、家族のプライバシーを守るという意識の表れでもあり、表舞台で輝くことを選んだ父とは正反対の生き方を選択しているといえます。
レーベル代表取締役という立場は、単なる肩書きではありません。CD制作やリリーススケジュールの管理、ライブ・コンサートの企画・運営、音楽関連の契約交渉など、実務的な経営判断を日々こなすポジションです。戦後芸能史を彩ってきた大物歌手の作品を世に送り出す責任の重さは並大抵のものではありませんが、一路さんはその役割をしっかり担っています。
また、YouTubeチャンネル「マイトガイチャンネル」の運営にも、レーベル代表として一路さんが関わっていると考えるのが自然です。現代のメディア環境に対応した情報発信も、息子・一路さんが担う仕事のひとつとなっています。
父・小林旭さんが舞台に立つたびに、その裏で衣装・音響・スケジュール調整・ファン対応といった細かな現場を整える存在が一路さんです。派手さはなくとも、地に足のついた仕事ぶりが、87歳を迎えた父・小林旭さんの息の長い活動を支える大きなエンジンになっています。
小林一路さんの主な役職と活動
| 役職・活動 | 詳細 |
|---|---|
| マイトガイレーベル 代表取締役 | 父・小林旭さんのプライベートレーベルを経営 |
| 音楽プロデューサー | CD制作・ライブ・コンサート企画を統括 |
| 父のマネージャー(過去) | 父の付き人・マネージャーとして活動した経験あり |
| 家庭人 | 既婚・子あり。家族のプライバシーを大切に守る |
子供は何人いる?息子・一路と娘・真実の存在が判明!
小林旭さんには、実子として2人の子供がいます。長女・小林真実(こばやし まさみ)さんと長男・小林一路(こばやし かずみち)さんで、どちらも1967年に正式に結婚した妻・青山京子さんとの間に生まれました。
「子供は何人いるの?」と疑問に思っている方も多いようですが、答えはシンプルにこの2人です。小林旭さんは1962年に歌手・美空ひばりさんと事実婚関係になりましたが、入籍はしておらず、2人の間に実子は誕生しませんでした。その後1964年に事実婚を解消し、1967年に青山京子さんと正式に結婚。ここで初めて小林旭さんの家族が誕生したわけです。
長女・真実さんは1969年前後に生まれたとされており、SNSアカウントに「1969」という数字が含まれていることから、現在(2026年)で56歳前後と推測されます。一方、長男・一路さんの正確な生年は公表されていませんが、姉・真実さんより数年後に誕生したと考えられており、50代前後とみられます。
2人とも芸能界の表舞台には立っていませんが、それぞれ独自の分野でキャリアを積んでいます。真実さんは芸能プロダクションの代表・バンドボーカル・料理研究家として多方面に活躍し、一路さんはマイトガイレーベルの代表取締役として父の音楽活動を全面支援。どちらも昭和の大スターの子供として親の七光りに頼ることなく、自分の力で道を切り開いてきた点が印象的です。
また、かつて小林旭さんが不動産投資の失敗で多額の借金(一説には51億円とも言われる)を抱えた時代にも、家族は一丸となって乗り越えました。そういった家族の絆の強さが、子供たちの自立した生き方にも影響しているのかもしれません。親の背中を見て育つという言葉がありますが、浮き沈みの激しい芸能界を逞しく生き抜いてきた父の姿が、子供たちの精神的な強さの源になっているのでしょう。
娘・小林真実はバンドボーカルでカレー屋経営の多才な女性!
小林旭さんの長女・小林真実さんは、一言では説明しきれないほど多才な女性です。芸能プロダクションの経営者、バンドのボーカリスト、スリランカカレー屋のオーナー、料理研究家・糖質制限研究家と、まったく異なるジャンルで同時に活躍しているのが真実さんの特徴です。
まず音楽活動から見てみると、真実さんは「A La 5’s(アラフィフズ)」というバンドのボーカルを務めています。バンド名の「アラフィフ」は50歳前後という意味で、同世代の仲間たちと音楽を楽しむスタンスが伝わってきます。父・小林旭さんが昭和の歌謡界で活躍したことを考えると、真実さんの音楽への情熱は確かに血筋として引き継がれているように感じられます。
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次に飲食業として、真実さんはスリランカカレー屋を経営していることでも知られています。スリランカカレーはスパイスを豊富に使うヘルシーな料理で、糖質制限研究家としての真実さんの知識とも深くリンクしています。料理研究家として糖質制限メニューを研究・発信する活動も行っており、食と健康に関する幅広い知識を活かしたビジネス展開が特徴的です。
そして経営者としては、芸能プロダクション「VRAI Entertainments(ブライエンターテインメンツ株式会社)」の代表を務めています。この事務所では父・小林旭さんのSNS運営やマネジメントも担当していると言われており、音楽レーベルを動かす弟・一路さんとともに、父の活動を二人三脚でサポートしています。
真実さんはSNSを積極的に活用しており、自身の活動報告や食に関する情報、日常のエピソードなどを発信しています。ファンとの距離が近く、オープンなコミュニケーションスタイルが特徴的です。こうした多彩な顔を持つ真実さんは、昭和の大スターの娘というイメージを超えた、独自の存在感を発揮しています。
小林真実さんの主な活動一覧
| 活動分野 | 内容 |
|---|---|
| 音楽 | バンド「A La 5’s(アラフィフズ)」のボーカル |
| 飲食業 | スリランカカレー屋のオーナー・経営 |
| 研究活動 | 料理研究家・糖質制限研究家 |
| 経営 | ブライエンターテインメンツ株式会社代表 |
| マネジメント | 父・小林旭のSNS運営・マネジメントをサポート |
息子・一路が父のマネージャーを務めた知られざる日々!
マイトガイレーベルの代表取締役として知られる小林一路さんですが、その前には父・小林旭さんのマネージャーとして表舞台の近くで活動していた時期があります。
マネージャーという仕事は、アーティストのスケジュール管理から、媒体との交渉、現場での対応、移動の手配、ファンへの対応まで、多岐にわたる業務をこなすポジションです。特に小林旭さんのような大物俳優・歌手の場合、その仕事量と責任感は並大抵のものではありません。
一路さんがマネージャーとして父に帯同していた時期は、小林旭さんが全国ツアーを精力的に行っていた時代と重なると言われています。地方公演では大勢のスタッフと連携しながら、会場の段取りや地元メディアへの対応なども行っていたとみられます。
父のすぐ横に立ち、日々の仕事を支えることで、一路さんは音楽ビジネスの実態を肌で学んでいったのでしょう。その経験があったからこそ、後にマイトガイレーベルの代表取締役として経営を任されるほどの信頼を父から得ることができたと考えられます。
また、こうしたマネージャー時代の経験は、父・小林旭さんとの人間関係をより深いものにした可能性があります。仕事上のパートナーとして長い時間を共にすることで、親子の絆だけでなく、プロフェッショナルとしての相互理解も深まっていったはずです。父が表舞台で輝くためには、裏で誰かが動き続ける必要がある。その現実を誰よりも知っているのが、息子・一路さんといえます。
表舞台には出ないながらも、父の活動を誰よりも近くで支えてきた一路さん。その献身的な姿勢こそが、小林旭さんが87歳になった今も精力的に音楽活動を続けられる理由のひとつといえるでしょう。姉・真実さんが表向きのマネジメントを担い、弟・一路さんが音楽レーベルを動かすという現在の分業体制も、こうした長年の経験の積み重ねによって自然に形成されてきたものだと考えられます。
青山京子の最期を看取った息子・一路の言葉が泣ける!
小林旭さんの妻・青山京子さんは2020年1月12日、肺がんのため84歳で亡くなりました。その最期の場面に立ち会ったのが、息子・小林一路さんでした。
テレビ朝日「徹子の部屋」に出演した小林旭さんが、このときの状況を詳しく語っています。青山さんは2018年の定期検診で頭部にがんが発見され、まず頭の手術を受けました。その後、肺への転移が判明し、医師から手術を勧められましたが、青山さんは「絶対に触られたくない。自分の体を誰にも触られたくない」と顔色を変えながら断固拒否したといいます。その意志を尊重した小林さんは「転移していくのを黙って見ているだけだった」と、苦しかった当時を振り返っています。

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最期の日、小林旭さんは夕方まで病院に付き添っていましたが、息子・一路さんと交代して一度自宅に引き上げました。その直後、一路さんから「息を引き取った」という電話が入り、小林さんは急いで病院に飛んでいったものの、すでに間に合わなかったといいます。
そして最も胸を打つのが、青山さんが一路さんに残した最期の言葉です。小林さんが息子に「最期に何か言っていたか」と尋ねると、一路さんは「幸せな人生だったって言っていましたよ」と答えたといいます。この言葉を聞いた小林さんは「そう言ってもらえただけよかった」と、穏やかな表情で語ったと報じられています。
53年間連れ添った夫への感謝と、穏やかな人生への満足感が込められた「幸せな人生だった」という言葉。息子・一路さんがその最期の瞬間に母の言葉を受け止め、父に伝えた場面は、家族の深い絆を象徴するエピソードとして多くの人の心に響いています。
孫はいる?家族の現在を大調査!
小林旭さんに孫がいるかどうかも、多くの人が気になるポイントです。結論から言うと、孫の存在について一部情報が明らかになっています。
息子・小林一路さんはすでに結婚して家庭を持っており、一路さんの子供、つまり小林旭さんの孫も存在するとされています。ただし、孫の名前・年齢・性別といった詳細はすべて非公表で、家族のなかで丁寧にプライバシーが守られています。一路さん自身がメディアへの露出を最小限に抑えているため、孫に関する情報も同様に公にされていません。
一方、娘・小林真実さんの家庭については、結婚しているかどうかも含めて公式な情報がほとんど出ていません。多忙な事業活動とSNS発信を続けている真実さんですが、プライベートについては慎重に情報を管理している様子です。
ネット上では「小林旭の孫=小林聡美では?」という噂がたびたび流れることがあります。しかし、女優の小林聡美さんは1965年生まれで、小林旭さん(1938年生まれ)との年齢差は約27歳。孫にしては年が合わないうえ、両者に血縁関係があることを示す公式情報はまったく存在しません。これは単なる「名字が同じ」という偶然によって生まれた誤解です。
現在の小林旭さんは2018年に膵臓がんの手術を受け、2024年には自宅の2階から落ちてあばら骨を骨折するという出来事もありました。87歳という高齢のため、テレビへの出演は減っていますが、子供たちが陰から支え続けており、息子・一路さんのマイトガイレーベルと娘・真実さんのブライエンターテインメンツが、父の活動の土台となっています。家族の絆と、子供たちの献身的なサポートがあってこそ、87歳になった今も現役を続けられているのでしょう。
小林旭の家族と衝撃エピソード!美空ひばりや浅丘ルリ子との関係は?【小林旭 息子】
- 美空ひばりとの事実婚!2年間の熱愛と別れの真相!
- 浅丘ルリ子との切ない恋愛エピソードとは?
- 妻・青山京子と53年間の夫婦愛が感動的!
- 小林旭の病気と現在!膵臓がんからあばら骨骨折まで!
- 小林聡美との血縁はない!名字が同じだけの意外な事実!
- 美空ひばりの養子・加藤和也と小林旭の不思議な縁!
美空ひばりとの事実婚!2年間の熱愛と別れの真相!
昭和の歌姫・美空ひばりさんと小林旭さんの事実婚は、当時の芸能界を大きく揺るがした出来事でした。2人の出会いは1961年秋、雑誌「明星」の企画で行われた対談がきっかけです。この対談でひばりさんは旭さんに強い好意を抱き、その後は猛烈なアプローチを開始したといわれています。食事に誘ったり、旭さんの出向く先々に電話をかけるなど、積極的なひばりさんの行動が当時の週刊誌などでも話題になりました。
1962年、2人は盛大な結婚式を挙げましたが、実は戸籍上の入籍は行われませんでした。小林旭さん自身も後の取材で「公表同棲のようなものだった」と語っており、正確には事実婚という状態でした。それでも当時のマスコミは大々的に報じ、2人は一時的に昭和を代表するスーパーカップルとして注目を集めます。
しかし、結婚生活はわずか約1年半〜2年で終わりを告げます。1964年、2人は事実婚を解消しています。別れの理由については諸説ありますが、小林旭さんが文春オンラインのインタビューで語ったところによると「お前一人のものにはできないんだよ」という言葉があったとされ、美空ひばりさんの多忙な芸能活動や周囲との複雑な人間関係が背景にあったと示唆されています。
また、ひばりさんの後援者として知られた人物との関係が結婚・離婚に影響を与えたとも語られており、昭和の芸能界特有の複雑な事情がこの関係に絡んでいたことがうかがえます。新婚旅行でひばりさんが自殺未遂に近い状態になったという衝撃的なエピソードも伝わっており、2人の結婚生活が決して穏やかなものではなかったことが想像できます。
結局、2人の間に実の子供は生まれませんでした。しかしこの事実婚は、小林旭さんの人生においても、美空ひばりさんの歴史においても、忘れることのできない章として刻まれています。
浅丘ルリ子との切ない恋愛エピソードとは?
小林旭さんが美空ひばりさんと事実婚を結ぶ前、深く愛した女性がいました。それが同じ日活の大女優・浅丘ルリ子さんです。
2人の出会いは映画での共演を通じてで、1950年代後半から1960年代にかけて、仕事でも私生活でも密接な関係が続きました。小林旭さんは浅丘さんに「ぶう(本名の信子にちなんだ愛称)のことが好きになっちゃった」と告白し、やがて2人は同棲状態にまで発展したといわれています。当時、浅丘さんは20歳、旭さんは22歳という若さで、「渡り鳥」シリーズなど数多くの作品でコンビを組み、スクリーンでもリアルでも息の合った関係を築いていました。
しかし2人の交際には、大きな壁が立ちはだかりました。浅丘ルリ子さんの父親が、小林旭さんとの交際に猛反対したのです。元高級官僚だった浅丘さんの父は「どこの馬の骨かわからんやつに、娘を嫁にやれるか!」と激しく怒鳴り、結婚を許さなかったといいます。この父親の猛反対が2人の間に隙間風を生み、最終的に1962年の映画ロケ中に別れ話となり、スクリーン上のコンビも解消されました。
J-CASTニュースのインタビューによると、小林旭さんはこの破談の真相についてもはっきりと語っており、父親の言葉に対して当時の自分がどれほど傷ついたかを明かしています。一方、浅丘ルリ子さん自身も女性自身のインタビューで小林旭さんとの交際について「オープンな恋愛だった」と語っており、2人の関係を今でも大切な思い出として語り継いでいます。
この恋愛が終わった直後、小林旭さんは美空ひばりさんとの事実婚へと進みます。ひばりさんが旭さんに猛烈なアプローチをかけた時期は、ちょうど浅丘さんとの別れが重なる時期でもありました。浅丘さんとの恋愛の傷が癒える間もなく、旭さんは次の波に飲み込まれていったのかもしれません。昭和のスターとして華やかな表舞台の裏に、こんなにも切ない恋愛のドラマが隠されていたとは、なかなか想像しにくいものがありますよね。
妻・青山京子と53年間の夫婦愛が感動的!
小林旭さんが人生最後の伴侶として選んだのが、元女優の青山京子さんです。2人の出会いは1966年に開催された報知新聞主催のボウリング大会でした。この社交の場で出会った旭さんは、青山さんに「そばにいて安心感を与えてくれるだろうし、支えにもなってくれる。こういう女性と一緒になりたい」と感じ、交際後まもなくプロポーズ。1967年に正式に結婚しました。
青山京子さんは1952年に映画「思春期」で女優デビューし、1954年には「潮騒」でヒロインに抜擢されるなど輝かしいキャリアを持っていました。しかし結婚後は「結婚すれば仕事は二の次」という信念を貫き、芸能界を引退して家庭に専念。その献身的なサポートがあったからこそ、小林旭さんは51億円という多額の借金を地方公演の営業回りで地道に完済するという離れ業を成し遂げられたのです。小林さん自身も「家庭がしっかりしてるからオレが自由に動き回れるんですよ。女房には本当に感謝しています」と語っており、青山さんへの深い感謝の言葉を幾度も述べています。
53年間にわたる夫婦生活の末、2018年に青山さんは定期検診で肺がんが発見されます。頭部への転移、肺への転移と病状が進む中、青山さんは「自分の体を誰にも触られたくない」と手術を拒否。小林さんはその意志を尊重し、ともに闘病生活を支えました。2020年1月12日、家族が見守る中、青山さんは眠るように息を引き取りました。享年84歳でした。
葬儀は同年1月23日、東京・西五反田の桐ヶ谷斎場で営まれ、高橋英樹さんら約100名の著名人が参列しました。喪主を務めた小林さんは自身の楽曲の一節を織り交ぜながらあいさつし、最後に「皆さまの熱き心をいただいて本人も悠々と旅立てたと思います。ありがとうございました」と深々と頭を下げました。娘の真実さんが泣き崩れる場面もある中、旭さんは最後まで気丈に喪主を務め上げたといいます。53年という長い年月を共に歩んだ伴侶への愛情が、その姿に凝縮されていたようです。
病気と現在!膵臓がんからあばら骨骨折まで!
昭和のスター・小林旭さんは、高齢になってからもさまざまな健康上のトピックが話題になっています。特に注目を集めたのが、2018年に受けた膵臓がんの手術です。膵臓がんは難治がんの代表格として知られ、早期発見が難しく、治療も困難な病気です。小林旭さんが手術を受けたという情報は当時の芸能ニュースで報じられ、ファンを心配させました。しかし、その後も小林さんは精力的に活動を続けており、コンサートや音楽活動を継続しています。膵臓がんの手術を乗り越えて元気な姿を見せることができているのは、本人の強靭な生命力と、家族や周囲のサポートがあってこそといえるでしょう。
さらに2024年には、自宅の2階から落ちてあばら骨を骨折したという出来事も報じられました。あばら骨(肋骨)の骨折は、高齢者にとって肺炎などの合併症リスクもある怪我であり、年齢を考えるとその回復力の強さには驚かされます。デイリースポーツなどのメディアが報じたこの骨折事件は、ファンの間で大きな心配を呼びましたが、旭さんはその後も元気を取り戻し、活動を続けているとされています。
現在の小林旭さんは87歳(1938年11月3日生まれ)。テレビへの出演は以前より減っていますが、「徹子の部屋」などの長寿番組には時折ゲスト出演し、往年のファンを喜ばせています。また、自宅を解体して介護施設に建て替えることを検討しているという情報も一部で報じられており、高齢になっての住まい方についても前向きに考えているようです。
こうした病気や怪我のエピソードをいくつも経験しながらも、現役を貫く姿勢は、昭和の大スターならではの強さとプライドを感じさせます。家族の支えを受けながら、自分のペースで活動を続ける小林旭さんの姿が、多くのファンの励みになっています。ここ、気になりますよね。87歳でコンサートをこなす体力と精神力は、一体どこから来るのでしょうか。
小林聡美との血縁はない!名字が同じだけの意外な事実!
ネット上では「小林旭と小林聡美は親族関係では?」という話がしばしば話題になります。小林聡美さんは「かもめ食堂」「めがね」などの映画で知られる実力派女優で、多くのファンを持つ人気俳優です。

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しかし結論から言えば、小林旭さんと小林聡美さんの間に血縁関係は一切ありません。この噂が生まれる最大の理由は、単純に「小林」という名字が同じであることです。日本では「小林」は非常に一般的な姓であり、芸能界だけでも多くの小林さんが活躍しています。
年齢面から見ても、この血縁説は成り立ちません。小林旭さんは1938年11月3日生まれで、2026年現在87歳。一方、小林聡美さんは1965年生まれで60歳前後です。年齢差は約27歳。孫という関係には年齢が合わなすぎますし、娘にしても旭さんの実の娘・真実さんが1969年前後生まれであることを考えると、辻褄が合いません。
また、2人に接点があったことを示す公式な情報も存在しません。共演歴もなく、プライベートでの交流が報じられたこともなく、双方がお互いについてコメントした記録もほとんどありません。
念のため付け加えると、小林旭さんの本名は「小林旭」で本名で活動しており、小林聡美さんの本名も同じく「小林聡美」ですが、両者の家族・戸籍上の関係はまったくありません。この小林聡美=小林旭の孫説は、姓が偶然一致したことから派生したインターネット上の誤解であり、信頼できる情報源による裏付けは一切ないのが実態です。芸能界には同姓の無関係な人物が多数存在することを念頭に置いて、情報を見極めることが大切です。
美空ひばりの養子・加藤和也との不思議な縁!
小林旭さんと美空ひばりさんの間には実の子供はいませんでしたが、ひばりさんには養子がいます。それが加藤和也さんです。加藤和也さんはひばりさんの実弟・加藤哲夫さんの息子で、1977年にひばりさんの養子として迎えられました。
小林旭さんとひばりさんの事実婚期間(1962〜1964年)を考えると、養子縁組はその別れから約13年後のことになります。そのため、小林旭さんが養子縁組に直接関与した可能性は低いと考えられますが、事実婚当時の旭さんとひばりさんが家族として生活していたことを考えると、2人の間に育まれた「家族観」が後のひばりさんの選択に何らかの影響を与えた可能性はあります。
加藤和也さんはその後、美空ひばりさんが1989年に52歳で亡くなると、ひばりプロダクションの代表としてひばりさんの遺志を引き継ぐ役割を担うようになりました。現在は実業家・プロデューサーとしても活躍しており、ひばりさんの遺産管理や音楽活動の継承に尽力しています。
一方で、小林旭さんと加藤和也さんの現在の関係については、公式な情報が少ないのが実情です。ただ、ひばりさんが亡くなった後も小林旭さんはひばりさんの音楽や業績に対して敬意を持って語っており、2人の関係が完全に切れたわけではない様子がうかがえます。
ひばりさんとの事実婚、その後の青山京子さんとの結婚、息子・一路さんや娘・真実さんとの家族の物語。そして、ひばりさんの養子・加藤和也さんという存在。小林旭さんをめぐる人間関係は、昭和の芸能史そのものを映し出すように複雑で、それでいて温かみのある絆に包まれています。表舞台の輝きの裏に、こんなにも深い人間ドラマがあることを知ると、小林旭さんという人物の奥行きをより深く感じることができますよね。
【まとめ】小林旭の息子は小林一路でマイトガイレーベル代表!娘・真実はカレー屋経営のバンドボーカルで親子の絆がすごい!
- 小林旭の子供は2人いる。長女・小林真実さんと長男・小林一路さんで、どちらも妻・青山京子との間に生まれた
- 息子・小林一路さんは父のプライベートレーベル「マイトガイレーベル」の代表取締役を務めている
- 一路さんはかつて父のマネージャーとして活動した経験があり、音楽業界の裏方として父を全面サポートしている
- 一路さんは既婚で家庭を持っており、小林旭さんの孫が存在するとされているが詳細は非公表
- 娘・小林真実さんはバンド「A La 5’s(アラフィフズ)」のボーカルを務めるミュージシャン
- 真実さんはスリランカカレー屋を経営する実業家であり、料理研究家・糖質制限研究家でもある
- 真実さんは芸能プロダクション「ブライエンターテインメンツ株式会社」の代表として父のSNS運営にも携わっている
- 妻・青山京子さんは2020年1月12日、肺がんで84歳で逝去。息子・一路さんが最期を看取り「幸せな人生だった」という母の言葉を父に伝えた
- 小林旭と美空ひばりは1962年に事実婚関係になったが入籍はせず、約2年で関係を解消。実の子供はいない
- 浅丘ルリ子とは1950年代後半〜1960年代に深く愛し合ったが、浅丘の父親の反対によって別れることになった
- 小林旭は2018年に膵臓がんの手術を受け、2024年には自宅2階からの落下でアバラ骨を骨折している
- 小林聡美と小林旭に血縁関係はない。「小林」という姓が同じなだけの全くの他人
- 美空ひばりの養子・加藤和也さんはひばりさんの甥で、現在はひばりプロダクション代表を務めている
- 小林旭は現在87歳。「徹子の部屋」などに時折出演しながら、子供たちの支えで穏やかな生活を送っている
- 息子・一路さんと娘・真実さんがそれぞれの分野で父を支える姿は、昭和の大スターの家族愛を象徴している
