SUPER EIGHTのメンバーとして活躍し、2025年には24時間テレビのチャリティーマラソンランナーも務めた横山裕さん。
横山裕さんには2人の弟がいて、父親代わりとして支えてきたことでも知られています。弟たちは今どうしているのか、気になっている方も多いはず。
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記事のポイント
- 横山裕には6歳下の次男と8歳下の三男、父親違いの弟が2人いる
- 次男は高校卒業後に就職し、2016年に結婚。三男の充さんは税理士として働いている
- 母の病気と離婚で弟たちが児童養護施設に入り、横山裕が生活費や学費を支えた
- 母の死後は3兄弟で暮らし、父親代わりとして弟たちを見守ってきた
横山裕の弟たちの現在
- 横山裕には父親違いの弟が2人いる
- 次男は高校卒業後に就職
- 次男は母の死後に記憶を失ったことも
- 次男は2016年に結婚
- 三男の横山充さんは税理士
- 三男は7回ほど試験に挑んで合格
横山裕には父親違いの弟が2人いる
横山裕さんには、6歳下の次男と8歳下の三男がいます。横山裕さんは、1981年5月9日生まれ、大阪府出身。3兄弟の長男です。
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2021年8月の読売新聞のインタビューによると、両親は横山裕さんが3歳のときに離婚し、5歳のころに母が再婚したそう。
再婚相手との間に生まれたのが2人の弟で、横山裕さんとは父親違いの兄弟にあたります。
ちなみに「横山」は、母の再婚相手の名字なのだとか。
次男は高校卒業後に就職
6歳下の次男は、高校卒業後に就職しています。
読売新聞のインタビューで、横山裕さんは「次男は高校卒業後に無事に就職」と話していました。
一般の方のため、勤務先や職業などは非公表。
ラジオ番組では、横山裕さんが弟に電話をかける企画もあり、次男は「つとむ」と呼ばれていたのだとか。
兄にとっては、無事に社会に出てくれたことが何よりうれしかったのでしょう。
次男は母の死後に記憶を失ったことも
次男には、母の死のショックで記憶を失った時期がありました。
横山裕さんが29歳のとき、母が買い物中に倒れて亡くなったそう。50歳という若さでした。
読売新聞のインタビューによると、一番気丈に振る舞っていた次男が、葬儀の2週間後に倒れたのだとか。
「病院の先生が、おかんが死んだって意味わからんこと言っている」と言い始め、母の死にまつわる記憶が抜け落ちてしまったといいます。
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横山裕さんは弟たちと一緒に暮らし、旅行に連れ出すなどして寄り添い、次男は徐々に元に戻っていったそう。
次男は2016年に結婚
次男は、2016年に結婚しています。
2025年2月放送の特番では、横山裕さんが人生で一番長かった日として、2016年6月18日の弟の結婚式を挙げていました。
2016年6月のモデルプレスの記事では、「最近、弟が結婚したんですけど、僕の中では(ずっと)弟のままでとまってたんですよ」と話していた横山裕さん。
結婚式では、感謝の手紙を読まれて「すっげえ泣いちゃいました」と明かしていました。
2025年の24時間テレビでも、次男の結婚式で「兄ちゃんありがとう」と言われ、「すごい救われました」と振り返っていたほど。
三男の横山充さんは税理士
8歳下の三男、横山充さんは税理士として働いています。
2025年9月29日放送のしゃべくり007には、充さんが後ろ姿で出演しました。
仕事を聞かれた充さんが「税理士をやっています」と答えると、スタジオからは驚きの声が上がったそう。
読売新聞のインタビューによると、三男は大学進学を希望したため、学費は横山裕さんが出したのだとか。
母の死後に向上心が芽生え、税理士という目標を見つけて夢をかなえたと紹介されています。
三男は7回ほど試験に挑んで合格
税理士試験には、トータル7回ぐらい挑戦したそうです。
しゃべくり007では、税理士事務所で働きながら勉強を続けていたと振り返っていたほど。
横山裕さんによると、試験に落ちるたびに、お酒を飲んで機嫌がいい日を狙って「兄ちゃん、また落ちてしまったんやけど…」と言ってきたのだとか。
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「お前…もう、しゃあないなあ」と笑いながらも、横山裕さんは資格を取るまでの学費を全額負担していたそう。
3兄弟に与えた母親の愛情と横山裕が父親代わりの絆
- 母はたくさんの愛情を注いでくれた
- 母の病気と離婚で弟たちは児童養護施設へ
- 横山裕が父親代わりに弟たちを支えた
- 母の死後は3兄弟で一緒に暮らした
- 横山裕から弟たちへの愛
- 弟たちから横山裕への愛
母はたくさんの愛情を注いでくれた
横山裕さんは、母についてたくさんの愛情を注いでくれたと語っています。
読売新聞のインタビューでは、「おかんはその分、僕にたくさん愛情を注いでくれました」と話していました。
横山裕さんがジャニーズ事務所に入るきっかけをつくったのも、母だったそう。中学2年生のころに、母が履歴書を送ったのだとか。
母への思いは強く、「たくさんの愛情を注いでくれたおかんには感謝しかない」とも。
母が3兄弟に注いだ愛情が、今の兄弟の絆の土台になっているのでしょう。
母の病気と離婚で弟たちは児童養護施設へ
母ががんを患い、再婚相手とも離婚したことで、弟たちは児童養護施設で暮らすことになりました。
横山裕さんは中学卒業後に実家を出て、建設会社で働きながらジャニーズJr.として活動していた時期。
デイリースポーツによると、横山裕さんは弟たちの生活費や学費を支え、「がむしゃらだった。お金を稼がないと、生きるために」と振り返っていました。
年末年始などまとまった休みには弟たちを東京に呼び、たびたび施設を訪ねて面会していたそう。
義父については、「あまり悪く言いたくない」としながら、「何より2人の弟たちと巡り合わせてくれたことに今でも感謝しています」と語っています。
横山裕が父親代わりに弟たちを支えた
横山裕さんは、父親代わりとして弟たちを支えてきました。
読売新聞のインタビューでは、「僕がしっかりしないと弟たちの将来がむちゃくちゃになる」「2人が独り立ちするまで支えなければ」と考えたと明かしていたそう。
次男の結婚式の前には、結婚式をしないという弟に「奥さんの為に結婚式はしてやれ」と助言し、「お父さんってこういう事言うんかなぁ」と照れながら話していたとも伝えられているよう。
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しゃべくり007では、「僕しかいなかったんで。やるしかなかった」と話していました。
母の死後は3兄弟で一緒に暮らした
母が亡くなったあと、3兄弟で一緒に暮らすようになりました。
読売新聞のインタビューによると、生まれ育った大阪市に家を借りて弟たちを呼び寄せたそう。
新しい世界を見せてあげたいと、いろいろな人に会わせたり、旅行に行ったりしたのだとか。
仕事であまり家にいられなかったものの、帰ったときは一緒にスーパーに行き、「好きなの選べ」と食材をたくさん買い込んだといいます。
次男が結婚し、三男が税理士になったことに「2人の道が開けて本当に安心しました」と語っていました。
横山裕から弟たちへの愛
横山裕さんの弟たちへの愛は、2025年の24時間テレビでも伝わってきたほど。
チャリティーマラソンのランナーを務めた横山裕さんは、児童養護施設などの子どもたちを支援する募金を呼びかけたそう。
番組では、弟たちが過ごした施設を久しぶりに訪れ、弟の日記や保育士の日誌を読んで涙が止まらなかったと伝えられています。
日誌には、弟が先生以外には兄が芸能界にいることを秘密にしていたことや、テレビに出る兄を見て小声で喜び、保育士に抱きついたことが記されていたのだとか。
自分と似た環境の子どもがいることを知ってもらいたいという思いには、弟たちと過ごした日々が重なっているのでしょう。
弟たちから横山裕への愛
弟たちも、兄への感謝を言葉にしています。
次男は結婚式で、兄への感謝の手紙を読み上げたそう。
三男の充さんは、しゃべくり007で「お兄ちゃんにはかなりお世話になったなって感じなんでしょう?」と聞かれ、「そうですね。かなりお世話になりました」と答えていました。
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横山裕さんは、母を亡くしたときを振り返り、「やっぱり弟がおったから、乗り越えられてきてんねやろうなぁと思いますし」とも話していたと伝えられています。
支え、支えられながら歩んできた3兄弟の絆は、これからも変わらず続いていくのでしょう。
【まとめ】横山裕の弟の現在は次男が結婚、三男は税理士!父親代わりで支えた3兄弟の絆と母の愛情を調査
- 横山裕には6歳下の次男と8歳下の三男、父親違いの弟が2人いる
- 両親は横山裕が3歳のときに離婚し、5歳のころに母が再婚した
- 次男は高校卒業後に就職し、職業などは非公表
- 次男は母の死のショックで記憶を失った時期があった
- 次男は2016年6月18日に結婚式を挙げた
- 結婚式で感謝の手紙を読まれ、横山裕は号泣した
- 三男の横山充さんは税理士として働いている
- 税理士試験にはトータル7回ぐらい挑んだ
- 大学や税理士資格を取るまでの学費は横山裕が負担した
- 母は横山裕にたくさんの愛情を注いでくれた
- 母の病気と離婚で、弟たちは児童養護施設で暮らした
- 横山裕は建設会社で働きながら、弟たちの生活費や学費を支えた
- 母の死後は大阪で3兄弟一緒に暮らした
- 2025年の24時間テレビで、弟たちが過ごした施設を訪れた
- 三男は「かなりお世話になりました」と兄に感謝している

