5歳で劇団に入り、子役から実力派女優へと成長した小野花梨さん。
子役時代から仕事を続けてきた小野花梨さんが、どんな学校に通い、大学に進学したのか、気になっている方も多いはず。
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記事のポイント
- 大学には進学していないと見られる
- 高校・中学・小学校の学校名はすべて非公表
- 高校時代に制服姿で受けたオーディションで初舞台をつかんだ
- 引っ込み思案な子どもを支えたのは、現場の大人や共演者たち
小野花梨の大学はどこ?高校・中学・小学校までの学歴
- 大学には進学していないと見られる
- 高校は非公表、芸能コースのある高校説も
- 高校時代に制服姿でオーディション、初舞台へ
- 高校生で映画出演が続き、「現役女子高校生」と紹介
- 中学は非公表、中1で池松壮亮の作品を全部観た
- 小学校は非公表、小2でデビューし小6で転機
大学には進学していないと見られる
小野花梨さんは、大学には進学していないと見られます。本人や所属事務所のアルファエージェンシーから、大学名や大学進学についての発表は出ていません。
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1998年7月6日生まれなので、高校を卒業したのは2017年春のころ。
その後も、2018年の映画のSUNNY 強い気持ち・強い愛、2020年の親バカ青春白書と、仕事が途切れることなく続いています。
大学生活を送りながらこれだけの作品に出るのは難しく、高校卒業後は女優業に専念したと考えるのが自然でしょう。
高校は非公表、芸能コースのある高校説も
小野花梨さんの出身高校は公表されていません。
ネット上では、芸能活動をする生徒が多い堀越高校や、目黒日本大学高校(旧・日出高校)などの名前が挙がっているよう。
ただ、どれも本人が明かした情報ではなく、確かな根拠はありません。
確かなのは、高校に進学していたこと。2015年の映画のガールズ・ステップ公開時には、「現役女子高校生」として紹介されていたとされます。
学校名は伏せたまま、仕事と学業を両立していたのでしょう。
高校時代に制服姿でオーディション、初舞台へ
高校時代の印象的なエピソードが、制服姿で受けた初舞台のオーディションです。
本格的な初舞台は、2016年のシアターコクーンの舞台、8月の家族たち。
Bunkamuraのインタビューで、「高校の修学旅行だったか、キャリーケースを引いて制服のままオーディションを受けに行ったんです」と振り返っていました。
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演出のケラリーノ・サンドロヴィッチさんからは声が小さいのではと思われ、再度オーディションを受けることに。思い切って大きな声で台詞を言うといいとアドバイスをもらい、見事合格したのだとか。
高校生で映画出演が続き、「現役女子高校生」と紹介
高校時代の小野花梨さんは、映画やドラマへの出演が続く忙しい毎日でした。
16歳のときには、熊坂出監督の映画、人狼ゲーム ビーストサイドに出演。熊坂監督とは、のちに映画のプリテンダーズで再びタッグを組んでいます。
2015年には、ダンスに挑む女子高校生を描いた映画、ガールズ・ステップにも出演しました。
学校の授業と撮影を行き来する、普通の高校生とは少し違う日々。
それでも高校の修学旅行に参加していたことから、学校行事も大切にしていたことがうかがえます。
中学は非公表、中1で池松壮亮の作品を全部観た
出身中学校も公表されていません。
中学時代のエピソードとして本人が語っているのが、俳優の池松壮亮さんへの憧れ。
2022年のインタビューで、中学1年生のころ、近所のレンタル店で池松壮亮さんの出演作を全部借りて観たと明かしていました。
「お芝居って人をこんな気持ちにさせるんだ」と感銘を受けたのだとか。
中学生のころから、すでに演技に夢中になっていたことがわかるエピソード。
小学校は非公表、小2でデビューし小6で転機
出身小学校も公表されていません。
5歳で劇団ひまわりに入り、小学2年生だった2006年に、ドラマの嫌われ松子の一生でデビュー。
小学生のころの仕事について本人は、「仕事だとは思ってなかった」「学校ではできないことをたくさん経験させていただいて、すごく楽しかったです」と話しています。
2009年には、映画の南極料理人で堺雅人さん演じる主人公の娘を演じました。
そして小学6年生で出演したドラマ、鈴木先生が大きな転機に。本物の学校にはあまり行かず撮影していたため、撮影現場が「本当の学校のようでした」と振り返っていました。
小野花梨のアルバイトや学生時代のエピソード、生い立ちと友人関係
- 生い立ちは東京、引っ込み思案な子ども
- 劇団に入ったきっかけは「風船」
- アルバイトの経験は語られていない
- 学生時代は生きづらさを感じたことも
- 鈴木先生では年上の共演者が「子守り」
- 南極料理人の共演者とは今も交流
- 親バカ青春白書の共演者とも仲良し
生い立ちは東京、引っ込み思案な子ども
小野花梨さんは、東京都で生まれ育った女優です。
子どものころは引っ込み思案で、人前に立つのが苦手な性格だったそう。
劇団に入ってからも、人前に立つことや注目されることがとても嫌で、劇団内のオーディションで泣いてしまうこともあったのだとか。
今の堂々とした演技からは想像できない、意外な一面です。
そんな内気な子どもが、現場の大人たちに支えられながら、少しずつ俳優として成長していきました。
劇団に入ったきっかけは「風船」
小野花梨さんが劇団に入ったきっかけは、子ども番組で見た風船。
NHKのおかあさんといっしょの最後に、天井からたくさんの風船が落ちてくる演出があり、その風船が欲しかったのだとか。
番組に出るには劇団に入ったほうがいいのでは、ということで、5歳のときに両親が劇団ひまわりに入れてくれたといいます。
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結局、憧れの番組には出られなかったものの、それが女優人生の始まりとなりました。
アルバイトの経験は語られていない
小野花梨さんがアルバイトをしていたという話は見当たらないのが実情。
5歳から劇団に所属し、学生時代も撮影や舞台の仕事が続いていたため、アルバイトをする時間はほとんどなかったのかもしれません。
本人も、子役時代から常に芸能界が身近にあり、ほかの道に行く選択肢は「微塵もなかったです」と話していたほど。
学校とは別に、子どものころから「現場」という仕事の場があった小野花梨さん。
大人に交じって働く経験そのものが、アルバイト以上の社会勉強になっていたのでしょう。
学生時代は生きづらさを感じたことも
明るい笑顔の印象がある小野花梨さんですが、学生時代には生きづらさを感じたこともあったようです。
2021年のMOVIE WALKER PRESSのインタビューでは、「昔からマイナスの感情やエネルギーを人から受けやすいタイプ」と話し、社会を生き抜くことに関しては「限りなく不器用なタイプです」と明かしていました。
ネット上では、高校時代に通学の満員電車がつらくて途中で降りたこともあったと、インタビューで語っていたとも紹介されているよう。
映画のプリテンダーズで演じた花田花梨については、「脚本には自分がいままで苦しかったことや上手くいかなかったこと、悔しかったことが描かれていて」と話していたほど。
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苦しかった経験も演技に生かしてきたからこそ、人の心に響く芝居ができるのかもしれません。
鈴木先生では年上の共演者が「子守り」
学生時代の友人関係で大きかったのが、鈴木先生の共演者たちです。
小学6年生だった小野花梨さんは、生徒役の中で最年少。一番上のお兄さんやお姉さんとは4歳も離れていたそう。
本人は、「皆さんがいろんなことを教えてくれて、子守りをしながら撮影してくれていたなと思います」と振り返っています。
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本物の学校にはあまり行けなかったぶん、撮影現場が学校のような場所になっていたのでしょう。
同世代の仲間と過ごした時間は、今の小野花梨さんにとっても大切な思い出です。
南極料理人の共演者とは今も交流
子役時代に共演した南極料理人のキャストとは、今も交流が続いています。
2026年8月14日、映画の4Kリマスター化を記念したイベントに、小野花梨さんがサプライズで登場。
堺雅人さんは当時10歳だった小野花梨さんを「昔から(芝居が)うまかったんだな」と絶賛し、生瀬勝久さんも「すごい。天才ですよね」とうなずいていました。
小野花梨さんは「私、ちゃんと成長したなと思いました。あの頃から比べると」と話し、「すごく感慨深いです」としみじみ。
子どものころに出会った大人たちが、今も温かく見守ってくれているのです。
親バカ青春白書の共演者とも仲良し
大人になってからも、現場の仲間との絆を大切にしている小野花梨さん。
2020年のドラマ、親バカ青春白書では、永野芽郁さんや今田美桜さん、中川大志さんたちと大学の仲良し5人組を演じました。
撮影の合間には、小野花梨さんがムロツヨシさんに迫るシーンをみんなが携帯で録画していて、「おかえり」と笑いながら迎えてくれたこともあったそう。
本人も「みんな本当にステキな方たちで、とても楽しくやらせていただきました」と振り返っています。
普通の学生生活とは少し違ったかもしれませんが、現場で出会った仲間たちが、小野花梨さんにとっての大切な同級生なのかもしれません。
【まとめ】小野花梨は大学に進学せず女優の道へ!学歴は非公表でも、現場で学び仲間に支えられた学生時代
- 小野花梨は大学に進学しておらず、高校卒業後は女優業に専念したと見られる
- 出身高校は非公表で、堀越高校や目黒日本大学高校の説は根拠がない
- 2015年には「現役女子高校生」として紹介されていた
- 高校時代、修学旅行のキャリーケースを引いて制服で初舞台のオーディションへ
- 2016年の舞台、8月の家族たちで本格的な初舞台を踏んだ
- 出身中学校は非公表で、中1のころ池松壮亮の作品を全部観た
- 出身小学校は非公表で、小2で嫌われ松子の一生に出演しデビュー
- 小6で出演した鈴木先生が転機で、撮影現場が学校のようだった
- 東京都で生まれ育ち、子どものころは引っ込み思案だった
- 劇団に入ったきっかけは、おかあさんといっしょの風船
- アルバイトの経験は語られておらず、子役の仕事が中心だった
- 人のマイナスの感情を受けやすく、生きづらさを感じたこともあった
- 鈴木先生では年上の共演者たちが「子守り」をしてくれた
- 2026年8月、南極料理人のイベントで堺雅人らと再会
- 親バカ青春白書の共演者とも、撮影現場で仲良く過ごした

