日本テレビを2026年3月末に退社し、フリーアナウンサーとして新たなスタートを切った岩田絵里奈さん。
上品な雰囲気から、実家は病院なのか、父親はどんな人なのか気になっている方も多いはず。
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記事のポイント
- 実家は病院で、父親はクリニックを開業した医師
- 本人がテレビで父の職業を明かしている
- 名前は父が大好きな曲からつけられた
- 医学部を目指していたが、途中で進路を変えた
岩田絵里奈の実家は病院?父親が医師と言われる根拠
- 実家は病院!父親はクリニックを開業した医師
- 本人が「父は医者」とテレビで明かしていた
- 父親は慶応医学部卒の外科医
- 父のクリニックは川崎市!中3のときに開業
- 大沢たかおとの報道で「有名医師の令嬢」と紹介された
実家は病院!父親はクリニックを開業した医師
岩田絵里奈さんの実家は、父親が医師としてクリニックを営む家庭です。
大きな総合病院を経営しているわけではなく、父親が開業医として自分のクリニックを持っている、というのが正確なところ。
実家が病院と言われるのは、このためです。
根拠になっているのは、本人のテレビでの発言と、週刊誌やネットメディアの報道。父親の経歴や開業した時期まで、かなり具体的に報じられているほど。

画像参考:モデルプレス
ただ、父親は一般の方なので、名前やクリニック名を本人が公表したことはありません。
本人が「父は医者」とテレビで明かしていた
岩田絵里奈さんは、父親の職業が医者だとテレビで明かしています。
2026年5月30日の深夜に放送された、テレビ東京系の二軒目どうする?~ツマミのハナシ~に出演したときのこと。

画像参考:yahoo画像検索
MCの松岡昌宏さんに父親の仕事を聞かれ、「医者です」と答えた岩田絵里奈さん。アナウンサーとは畑がまったく違う、と続けていました。
松岡昌宏さんは「ドクター…」としみじみ。博多大吉さんは、お姉さんはニューヨーク、お父さんは医師という家族に、嫉妬するふりで笑いを誘っていました。
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本人の口から出た言葉なので、父親が医者であることに疑いの余地はなし。
父親は慶応医学部卒の外科医
岩田絵里奈さんの父親は、慶應義塾大学医学部を卒業した外科医と報じられています。
2026年3月の日刊ゲンダイによると、慶応大学病院の血管外科を経て、いくつもの総合病院で勤務してきたそう。
私大の医学部の中でも、慶応はトップクラスの難関です。
血管外科は、足の静脈瘤などの血管の病気を手術で治す分野。外科医として長く現場に立ってきた、いわゆるエリート医師と言えるでしょう。
岩田絵里奈さんの父親が外科医と検索されるのも、この経歴があるからなのかもしれません。
父のクリニックは川崎市!中3のときに開業
父親のクリニックは、神奈川県川崎市にあると報じられています。
開業したのは、岩田絵里奈さんが渋谷教育学園渋谷中学校の3年生に上がるころ。
1995年生まれの岩田絵里奈さんが中学3年生になるのは2010年なので、そのころに勤務医から開業医になったことになります。
ネットでは、名字が同じ医師がいることなどから、具体的なクリニック名まで挙がっているほど。
とはいえ、本人や事務所がクリニックの名前を明かしたことは一度もありません。あくまで報道とネット上の推測、という段階。
大沢たかおとの報道で「有名医師の令嬢」と紹介された
実家が病院だと注目されたきっかけは、大沢たかおさんとの交際報道でした。
慶應義塾大学に通い、読者モデルをしていた学生時代、写真誌のFRIDAYに大沢たかおさんとのツーショットが載ったことも。
その記事で、岩田絵里奈さんは「有名医師の令嬢」と紹介されていました。
ほかの記事では、神奈川県内でクリニックを経営している医師の娘、という書かれ方も。
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当時から目立つ存在だったんですね。
のちに本人が父親は医者だと明かしたことで、この報道の内容が裏づけられた形です。
岩田絵里奈の実家の両親と生い立ち
- 父親は口数が少なく、娘を溺愛していた
- 名前の由来は父が大好きなサザンの曲
- 3人姉妹の真ん中で、姉はアメリカで金融の仕事
- 中学受験で渋渋へ、谷まりあとは中2からの友人
- 医学部を目指していたが高3で文転
- 慶應文学部から日テレへ、2026年にフリーに
- 退社の日に父から初めての手紙が届いた
父親は口数が少なく、娘を溺愛していた
岩田絵里奈さんの父親は、多くを語らないタイプの人です。
シューイチの最後の出演日、中山秀征さんに、お父さんは小さいころからあまり話さない人だったのかと聞かれ、岩田絵里奈さんがそれを認める場面も。
その一方で、娘への愛情はたっぷり。
日刊ゲンダイの記事では、慶応大学病院の医師が、3人の娘それぞれに愛情を注ぎながらも、特に真ん中の絵里奈さんを溺愛していた、と話しています。
口では多くを言わなくても、行動や態度で愛情を伝える父親なのでしょう。
名前の由来は父が大好きなサザンの曲
岩田絵里奈さんの名前は、サザンオールスターズのいとしのエリーからつけられたそうです。
父親がサザンオールスターズの大ファンで、そこから絵里奈という名前が生まれたのだとか。
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名前ひとつにも、父親の思いがこもっています。
3人姉妹の真ん中で、姉はアメリカで金融の仕事
岩田絵里奈さんは、3人姉妹の真ん中と報じられています。
お姉さんは、アメリカで金融の仕事をしていたそう。二軒目どうする?に出演した際、本人が明かしていました。
大学時代にニューヨークのお姉さんを訪ねたとき、タイトなワンピースにサングラス、髪をお団子にまとめた姿に憧れたのだとか。
このとき「これやりたい」と感じ、金融の仕事にも興味を持ったといいます。
妹さんについては、くわしい情報は出ていません。母親も一般の方で、職業などは公表されていないまま。
中学受験で渋渋へ、谷まりあとは中2からの友人
岩田絵里奈さんは、東京都出身で、中学受験をして渋谷教育学園渋谷中学校に進学しました。
渋谷教育学園渋谷は、渋渋の愛称で知られる中高一貫の進学校。
モデルでタレントの谷まりあさんとは、中学2年生のころからの友人。
2025年11月には、母校の渋谷教育学園の100周年記念式典で司会を務めたことを、インスタグラムで報告しています。
今も母校によく顔を出しているそうで、学校への愛着はかなり強いはず。
医学部を目指していたが高3で文転
岩田絵里奈さんは、もともと医学部への進学を目指していました。
日刊ゲンダイによると、渋渋から医学部へ進むのが、岩田絵里奈さんの描いていた進路だったそう。
ところが高校3年生のときに文系へ転向し、父親のクリニックを継ぐという夢もそこで途切れています。
難しい中学受験に挑んだのも、父親を喜ばせようとしたからでは、と見る医師もいるほど。
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岩田絵里奈さんが医師免許を持っていると検索されることもありますが、医学部には進んでいないので、医師免許は持っていません。
慶應文学部から日テレへ、2026年にフリーに
岩田絵里奈さんは、慶應義塾大学文学部を卒業し、2018年に日本テレビに入社しました。
情報番組やバラエティで活躍し、日本テレビの人気アナウンサーとしてすっかり定着。
2026年3月8日のシューイチで、3月末での退社を自ら報告しました。
退社後はフリーアナウンサーに。2026年9月には、テレビ朝日でフリーになってから初めてのレギュラー番組が決まったと報じられています。
医者の道ではなかったものの、自分で選んだ道でしっかり結果を出してきた岩田絵里奈さん。
退社の日に父から初めての手紙が届いた
日本テレビでの最後の出演日、岩田絵里奈さんには父親からの手紙が届きました。
2026年3月29日のシューイチのラストで、安村直樹アナウンサーが手紙を代読するというサプライズ。

画像参考:オリコン
「こんなの書ける人だと全く思ってなかったので、びっくりしてます。初めてです、こうやって手紙もらったの」と、目をうるませた岩田絵里奈さん。
さらに「“医者になりたくない”って散々迷惑かけてきたので、こういう形で最後の姿を見せられて良かったなと」と語っていました。
医者の道を選ばなかった娘の門出を、寡黙な父親が言葉にして送り出した日。
【まとめ】岩田絵里奈の実家は病院!父親は慶応医学部卒の外科医で、名前の由来はサザンの名曲
- 岩田絵里奈の実家は父親がクリニックを営む医師の家庭
- 2026年5月の二軒目どうする?で父の職業を「医者です」と明かした
- 父親は慶応医学部卒で、慶応大学病院の血管外科などを経た外科医と報じられた
- 岩田絵里奈が中3に上がるころ、父親が川崎市でクリニックを開業
- クリニック名は本人も事務所も公表していない
- 大学時代、FRIDAYの大沢たかおとの報道で「有名医師の令嬢」と紹介された
- 父親は口数が少ない一方、真ん中の娘の絵里奈を溺愛していたとされる
- 名前の由来は父が大ファンのサザンオールスターズのいとしのエリー
- 3人姉妹の真ん中で、姉はアメリカで金融の仕事をしていた
- 母親は一般の方で、職業などは公表されていない
- 東京都出身で、中学受験を経て渋谷教育学園渋谷に進学
- 渋渋から医学部を目指していたが、高3で文転
- 慶應義塾大学文学部を卒業し、2018年に日本テレビに入社
- 2026年3月末に日本テレビを退社し、フリーアナウンサーに転身
- シューイチの最後の出演日に、父親から初めての手紙が届いた

