俳優・柿澤勇人(かきざわはやと)さんといえば、劇団四季を経てホリプロに所属し、ミュージカルや大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも注目を集めた実力派俳優です。そんな柿澤さんの家族・家系図が芸能ファンの間で話題になっています。「兄嫁は誰?」「村主章枝との関係は?」「曽祖父・祖父が人間国宝?」という疑問に、この記事ではすべてお答えします。
柿澤勇人の兄と兄嫁・村主千香の関係!村主章枝が義姉になった経緯
- 兄は一般人の会社員!年齢・プロフィールと兄弟の深い絆
- 兄嫁は村主千香!元フィギュアスケート選手との結婚と現在
- 村主章枝が義姉になった理由!兄の結婚が生んだ芸能界との縁
- 甥っ子2人の存在!おじさんのかわいがりエピソード
- 初愛車は兄と共同購入!レクサスも兄の勧めで選んだ仲良し兄弟
兄は一般人の会社員!年齢・プロフィールと兄弟の深い絆
柿澤勇人さんの兄は、芸能界とは一切無縁の一般人の会社員です。名前・顔写真はすべて非公表で、メディアへの露出もなく、プライバシーを大切にしながら家庭を持って生活しています。
⚽️staffより
この後、19:57〜生放送!#FIFAWorldCup#柿澤勇人 https://t.co/M0Bd7WKyMP pic.twitter.com/T2yXMG1X5P— 柿澤勇人&STAFF (@kakizawa_hayato) June 22, 2026
柿澤勇人さんのインタビューに「小1のときにJリーグができたんです。サッカーに憧れて、サッカー選手になろうと頑張っていました。4つ上の兄の影響もありましたけどね」という発言があることから、兄は柿澤勇人さんより4歳上とわかります。1987年生まれの柿澤勇人さんより4歳上ですので、兄は1983年頃の生まれと推測され、2026年現在は43歳前後と考えられています。
職業はサラリーマン(会社員)です。伝統芸能の名門である柿澤家に生まれながらも、芸能の世界には進まずに一般社会で働く道を選びました。父が清元節の裏方、弟が舞台俳優として活躍する中、兄は地に足のついた会社員として自分の人生を歩んでいます。
柿澤勇人さんと兄の仲の良さは、さまざまなエピソードからうかがえます。23歳のときに初愛車のキャデラックCTSを兄と一緒に購入したのもそのひとつ。
その後に乗り換えた現在の愛車・レクサスRXも「兄の影響で、兄がRXに乗っていて、大きくて燃費もいいし運転しやすいと勧められた」と語っています。音楽の趣味にも兄の影響があり、JUDY AND MARYの「ラッキープール」は「兄の影響で学生時代から聴いています」と語っており、何十年経っても兄からの影響を受け続けている関係性がわかります。
中学時代の反抗期には、兄が玄関で待ち構えて弟を叱り飛ばした(ボコボコにした)というエピソードも有名です。「親父は不器用で口べただから、親父っぽいことをしてくれたのはアニキ」という言葉に、兄への尊敬と感謝が凝縮されています。
兄のプロフィール概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 職業 | 会社員(サラリーマン) |
| 年齢 | 43歳前後(2026年現在・推測) |
| 柿澤勇人との年齢差 | 4歳上 |
| 家族 | 兄嫁・村主千香、息子2人 |
| 公表情報 | 名前・顔写真非公表 |
兄嫁は村主千香!元フィギュアスケート選手との結婚と現在
柿澤勇人さんの兄の妻は、元フィギュアスケート選手の村主千香(すぐりちか)さんです。姉の村主章枝さんと並んで、フィギュアスケート界を彩った実力者で、その美しさとスケーティングでファンを魅了しました。
村主千香さんは1983年生まれで、2026年現在43歳前後です。現役時代はフィギュアスケート選手として活躍し、引退後は鍼灸マッサージ師の資格を取得して健康分野でも精力的に活動しています。スポーツで培った身体の知識を活かして新たなキャリアを切り開く姿が、多くのファンに支持されています。
柿澤勇人さんの兄と村主千香さんは2012年に結婚しました。現在2人の間には息子が2人おり、2013年生まれと2018年生まれのお子さんがいます。柿澤勇人さんにとっては甥にあたり、可愛がるエピソードがSNSやブログで何度も紹介されています。
村主千香さん本人はSNSやブログで家族の様子や育児、健康についての情報を積極的に発信しており、ファンからも親しみやすい存在として支持されています。
また、姉の村主章枝さんとは引退後も非常に仲が良く、イベントや展示会などにも一緒に参加する姿が見られます。柿澤勇人さんも義理の家族との関係は良好で、家族ぐるみでの交流が続いていることが複数のインタビューやSNSから伝わっています。
なお、「柿澤勇人の結婚相手」として村主章枝さんの名前がネット上で出ることがありますが、これは誤りです。実際には兄の結婚がきっかけで義理の姉妹関係になったに過ぎず、柿澤勇人さん本人の交際・結婚相手ではありません。
村主千香のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 村主千香(すぐりちか) |
| 生年 | 1983年生まれ |
| 職業 | 元フィギュアスケート選手→鍼灸マッサージ師 |
| 結婚 | 2012年(柿澤勇人の兄と) |
| 子供 | 息子2人(2013年・2018年生まれ) |
| 姉 | 村主章枝(元フィギュアスケート選手) |
村主章枝が義姉になった理由!兄の結婚が生んだ芸能界との縁
柿澤勇人さんと村主章枝さんが義理の姉弟関係にある理由は、兄が村主章枝さんの実の妹・千香さんと2012年に結婚したためです。直接の交際でも血縁でもなく、兄の結婚によって生まれた義理の家族というつながりです。
村主章枝(すぐりふみえ)さんは、2000年代に世界フィギュアスケート界で活躍した日本を代表するフィギュアスケーターです。優雅で芸術的なスケーティングと独自の個性で多くのファンを魅了した、日本のフィギュア界のレジェンドともいえる存在です。
柿澤勇人さんにとって、兄の妻・村主千香さんは義理の姉(義姉)にあたります。
そして村主千香さんの実の姉である村主章枝さんは、さらにもう一人の義姉という関係になります。
つまり柿澤勇人さんには義理の姉が2人いることになり、その珍しい家族構成がネットやメディアでたびたび話題になっています。
この親戚関係が判明してから、「柿澤勇人と村主章枝がどうつながっているのか」という検索が増えたといわれています。芸術(伝統芸能)とスポーツ(フィギュア)という全く異なる分野で活躍する才能ある一族が一つにつながったことで、「なんて華やかな家系なんだ」という驚きの声が広まりました。
SNS上では、村主章枝さんが柿澤勇人さんのSNSを応援したり、展示会やイベントで一緒に参加する姿が見られるなど、義姉弟として良好な関係を築いているようです。形式的な親戚関係に留まらず、家族ぐるみで交流する温かい関係性が伝わってきます。
柿澤勇人の義理の家族関係
| 関係 | 人物 | 肩書き |
|---|---|---|
| 兄 | 柿澤勇人の兄(名前非公表) | 会社員 |
| 義姉(兄嫁) | 村主千香 | 元フィギュアスケート選手・鍼灸マッサージ師 |
| 義姉(千香の姉) | 村主章枝 | 元フィギュアスケート選手 |
甥っ子2人の存在!おじさんのかわいがりエピソード
柿澤勇人さんには、兄夫婦の間に生まれた2人の甥がいます。1人目は2013年生まれ(2026年現在13歳前後)、2人目は2018年生まれ(2026年現在8歳前後)の男の子です。
柿澤勇人さんにとって甥たちはまるで息子のような存在で、可愛がるエピソードがブログやSNSなどで何度も取り上げられています。「甥っ子をかわいがる様子がSNSで話題になったこともある」と複数の記事で紹介されており、叔父(おじ)として非常に良好な関係を築いています。
この甥っ子たちの存在が、実は「柿澤勇人に弟がいる」という誤解が生まれた理由のひとつでもあります。柿澤勇人さんは実際には二人兄弟の弟(本人より年下の弟はいない)なのですが、甥たちとの仲良しな様子や、「弟みたい」と可愛がられるキャラクターのイメージが、「弟がいるのでは」という検索行動につながっているようです。
また、ミュージカル俳優として多忙を極める柿澤勇人さんですが、家族行事や甥っ子たちとの時間を大切にしていることもSNSやインタビューから伝わってきます。兄一家との温かいファミリーの時間が、仕事へのエネルギーの源にもなっているのかもしれません。
甥っ子2人が成長した際には、叔父・柿澤勇人さんの舞台を観に行ったり、何か影響を受けたりするエピソードが生まれるかもしれません。村主千香さんという元フィギュアスケーターの母、清元節の名門という父方の家系、そして俳優の叔父という恵まれた文化的な環境で育つ甥っ子たちの将来が楽しみです。
甥っ子のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 甥1 | 2013年生まれ・男の子(2026年現在13歳前後) |
| 甥2 | 2018年生まれ・男の子(2026年現在8歳前後) |
| 関係 | 柿澤勇人の兄と村主千香の息子 |
| 特記 | SNSでも柿澤勇人との微笑ましいエピソードが話題に |
初愛車は兄と共同購入!レクサスも兄の勧めで選んだ仲良し兄弟
柿澤勇人さんと兄の仲良しぶりは、クルマ選びにまで表れています。23歳頃に兄と一緒に購入した初愛車のキャデラックCTSのエピソードは、仲良し兄弟の関係を象徴するほっこりするエピソードとして知られています。
JAF Mate Onlineのインタビューで柿澤勇人さんは「最初に兄と一緒に買ったのが、キャデラックのCTSです。知り合いにクルマをカスタムするディーラーさんがいて、真っ赤なキャデラックを少しえんじっぽい赤にして、タイヤもホイールも全部ギラギラに変えて付けていました。兄の悪趣味なんですけどね(笑)」と語っています。
このキャデラックはあまりにも目立ちすぎて困ったそうで、「同居していた祖母を病院に連れて行くとき、病院の前にキャデラックのCTSを乗りつけて、道行く人みんなが見るんですよ。後部座席からどんなゴッドマザーが出てくるかと思ったら、普通のおばあちゃんが出てくる(笑)」という笑えるエピソードも。
さらに演出家の蜷川幸雄さんに駐車場でそのキャデラックを目撃され、翌日の稽古場で「おまえ、すげえクルマに乗ってたな」と言われて「いや、あれ俺のクルマじゃないです。見間違いです」と必死にごまかしたというエピソードも有名です。
現在の愛車・レクサスRXを購入したのも兄の影響でした。「これも兄の影響で、兄がRXに乗っていて、大きくて燃費もいいし運転しやすい。サポートもめっちゃいいと勧められました」と語っており、コロナ禍の2020年頃に購入しています。音楽の趣味でもJUDY AND MARYの「ラッキープール」は「兄の影響で学生時代から聴いています」と語るなど、クルマ・音楽・ライフスタイルにわたって兄の影響を受け続けている仲良し兄弟ぶりが伝わります。
柿澤勇人の愛車遍歴と兄の関係
| 時期 | 愛車 | 兄との関係 |
|---|---|---|
| 23歳頃 | キャデラックCTS(カスタム) | 兄と共同購入・兄の趣味でギラギラ仕様に |
| その後 | 黒のプリウス→白のジャガーXJ | 兄と別々に乗り換え |
| 2020年頃 | レクサスRX | 兄の強い勧めで即決購入 |
柿澤勇人の家系図と家族構成!人間国宝の名門が生んだ俳優の素顔
- 曽祖父・祖父が人間国宝!清元節の名門家系と驚きの家系図
- 父は清元節の裏方!「芸事の厳しさを知る」伝統芸能一家に生まれて
- 母は介護士!「俺はマザコンだ」と公言するほど大好きな存在
- 反抗期に兄がボコボコにした!「親父っぽいことをしてくれたのはアニキ」
- 高1でライオンキングに衝撃!サッカーから俳優へ転身したきっかけ
- プロフィール!劇団四季から鎌倉殿の13人まで活躍する俳優の軌跡
曽祖父・祖父が人間国宝!清元節の名門家系と驚きの家系図
柿澤勇人さんの家系は、伝統芸能・清元節(きよもとぶし)において曽祖父と祖父が共に人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されるという、日本でも非常に珍しい名門家系です。父子二代での人間国宝認定は初めてのことで、伝統芸能の世界では特別な存在として知られています。
清元節とは、江戸時代から続く三味線音楽の一種で、浄瑠璃の一種です。もともとは歌舞伎と深い関わりを持ち、歌舞伎の舞台で演奏される音楽として発展してきました。その清元節の世界で、柿澤家は二代にわたって最高の称号を受けてきたのです。
曽祖父は清元志寿太夫(きよもとしずたゆう)さんで、本名・柿澤竹蔵さんといいます。浄瑠璃の語り手として活躍し、人間国宝に認定された人物です。祖父は清元榮三郎(きよもとえいざぶろう)さん、本名・柿澤壽夫さんで、三味線奏者として人間国宝に認定されました。曽祖父が語り手、祖父が三味線奏者と、清元節の主要なパートを担う偉人たちが一家に揃っていたことになります。
柿澤勇人さんは幼い頃から歌舞伎座や新橋演舞場に家族と共に足を運び、祖父の演奏を間近で見ていたといいます。ただ、厳しい稽古の世界を目の当たりにしており「自分はこの世界に入りたくない」という気持ちが強かったとのこと。「あんまり考えなかったけど、この仕事に関わる」という感覚が薄かったようです。
しかし俳優として舞台に立つようになってから、尾上松也さんに「高いキーを歌うときの声が、曾祖父の志寿太夫さんに本当にそっくりだ」「絶対に血が流れているし、舞台をやっているのは必然だ」と言われたことがあり、「それはすごくうれしい言葉でしたね」と語っています。
柿澤家の家系図(伝統芸能の流れ)
| 続柄 | 芸名 | 本名 | 称号・職種 |
|---|---|---|---|
| 曽祖父 | 清元志寿太夫 | 柿澤竹蔵 | 人間国宝・浄瑠璃語り手 |
| 祖父 | 清元榮三郎 | 柿澤壽夫 | 人間国宝・三味線奏者 |
| 父 | (非公表) | (非公表) | 清元節の裏方 |
| 本人 | 柿澤勇人 | 柿澤勇人 | 俳優・ミュージカル俳優 |
父は清元節の裏方!「芸事の厳しさを知る」伝統芸能一家に生まれて
柿澤勇人さんの父は、曽祖父・祖父の清元節の名門の流れを受けながらも、清元節の演奏者としてではなく、芸能に携わる裏方として活動している一般の方です。名前・年齢・顔写真はすべて非公表です。
父が清元節の演者を継がなかった理由は、次男だったためです。長男ではなかったために「継がなくていい」という選択があり、また「いとこたちの厳しい稽古の話を聞いていたため、祖父から『おまえもやるか?』と声をかけられても、『なんでこんな怖い世界に入らなきゃいけないんだろう』という気持ちで(笑)。芸事の世界にはあまり興味がありませんでした」と柿澤勇人さんが語っています。
しかしまったく芸の世界と無縁かといえばそうではなく、清元節に携わる裏方として仕事を続けています。柿澤勇人さんは「詳しく説明すると、僕のひいおじいちゃんが浄瑠璃の語り手で、おじいちゃんが三味線奏者、もちろん父もその世界の人間なので、歌舞伎はとても近くにあるんですよ」と語っており、家庭の中に自然と伝統芸能の空気があったことがうかがえます。
父親の性格については「不器用で口べた」と柿澤勇人さんは語っており、感情を言葉にするのが得意ではないタイプのようです。「親父は不器用で口べただから、親父っぽいことをしてくれたのはアニキ」という言葉が、父と兄の関係性の違いをよく表しています。
柿澤勇人さんがミュージカルの世界に進もうとしたとき、父は芸事の厳しさを知るがゆえに反対したといわれています。
しかし最終的には息子の夢を応援し、初公演には家族全員で劇場に足を運んだエピソードが残っています。
父のプロフィール概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 職業 | 清元節の裏方 |
| 家系での位置 | 清元榮三郎(祖父)の次男 |
| 公表情報 | 名前・顔写真非公表 |
| 性格 | 不器用で口べた(柿澤勇人談) |
母は介護士!「俺はマザコンだ」と公言するほど大好きな存在
柿澤勇人さんの母は介護士として働く一般の方で、柿澤勇人さんがSNSで「俺はマザコンだ」と公言するほど大好きな存在です。名前・顔写真は非公表ですが、SNSやインタビューにたびたびエピソードが登場する、家族の中でも特別な存在です。
母の特徴として、まず料理上手である点が挙げられます。柿澤勇人さんは母の手料理が大好きで、インタビューでもその味について触れることがあります。また、JAF Mateのインタビューでは「当時は母が運転していて、オペルやワーゲンなどの輸入車に乗っていましたね」と語っており、輸入車を乗りこなすセンスのある女性だったことがうかがえます。
柿澤勇人さんがミュージカルの世界を目指し始めたとき、母は最初「心配した」といわれています。舞台や俳優という道は決して簡単ではなく、母として不安を感じるのは当然のことでしょう。
しかし最終的には「本人がやりたいことを応援したい」という気持ちに変わり、劇団四季の初公演には家族全員で劇場に駆けつけてエールを送ったとのことです。
介護士という職業柄、人の感情や困りごとに敏感で思いやりにあふれる人物です。「自立を促しつつも見守る」というスタンスが家庭にも生きており、子供の成長を信じて背中を押す役割を果たしてきました。今も柿澤勇人さんとの仲の良さはSNSなどで伝わってきており、年齢を重ねてもマザコンを公言するほどの関係が続いています。
母のプロフィール概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 職業 | 介護士 |
| 特徴 | 料理上手・思いやりがある・輸入車好き |
| 柿澤勇人との関係 | 「俺はマザコンだ」と公言するほどの仲 |
| 公表情報 | 名前・顔写真非公表 |
反抗期に兄がボコボコにした!「親父っぽいことをしてくれたのはアニキ」
柿澤勇人さんには、中学時代の反抗期に兄が玄関で待ち構えてボコボコにしてくれたという、強烈ながら兄弟の絆を感じさせるエピソードがあります。萩庭桂太のインタビューで柿澤勇人さんが率直に語ったこのエピソードは、2人の関係性を象徴するものとして多くのファンに知られています。
中学時代の柿澤勇人さんには反抗期があり、「体力もあってガキ大将的な感じでケンカばっかりしてて。悪い先輩にくっついて、家に帰らなかったりしてたんですよ」という状態でした。同じ私立の中高に通っていた兄の学年にも「カッキーJr.が大変らしい」という噂が回ってしまいます。
その後、久しぶりに家に帰ったら兄が玄関で待っており、柿澤勇人さんを「ボコボコにした」といいます。
そして「学校を辞めて悪い道に進むのか、サッカーで真剣にやるのかどっちかにしろ」と迫り、柿澤勇人さんは泣きながら「サッカーやります」と答えました。
さらに兄は「サッカーをやるなら学校を変われ。今の学校はスポーツするような学校じゃないから。親に高い授業料払わせて行く意味ないから」とアドバイスし、その言葉を受けて柿澤勇人さんはサッカー専攻のある高校(都立駒場高校)に転校しました。
「今思えば、兄もひと通り悪いことも経験してわかっていたんですよ。ほんと、親父は不器用で口べただから、親父っぽいことをしてくれたのはアニキ」という柿澤勇人さんの言葉には、父親代わりに自分を正してくれた兄への深い感謝と尊敬が込められています。インタビュアーは「まるで星一徹のような父性をもったおにいちゃんだ」と評しており、兄の存在が柿澤勇人さんの人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。
反抗期エピソードのまとめ
| 出来事 | 内容 |
|---|---|
| 反抗期の状況 | 悪い先輩と絡み、家に帰らない日々 |
| 兄の行動 | 玄関で待ち構えてボコボコにした |
| 兄の言葉 | 「悪い道かサッカーか、どっちかにしろ」 |
| 結果 | サッカーを選んでサッカー専攻の高校に転校 |
高1でライオンキングに衝撃!サッカーから俳優へ転身したきっかけ
柿澤勇人さんが俳優を志したきっかけは、高校1年生のときに課外授業で観た劇団四季の「ライオンキング」との衝撃的な出会いでした。それまで一筋にサッカーを追いかけてきた少年が、一夜にして舞台の世界へと向かうことになる転換点です。
中学時代の反抗期を乗り越え、サッカー専攻のある都立駒場高校に転校した柿澤勇人さんは、高校でも本気でプロを目指してプレーを続けていました。しかし、転校先の高校は全国レベルの強豪校で「そんなちょっと自信のあるヤツが200人くらいいたんです。セレクションというか、技術テストがあって、それでもうこれはダメだなとすぐにわかりました。本当にすごいヤツは才能もセンスも違う。こんなはずじゃなかった、と」という現実に直面します。
そんな夏、高校の「芸術鑑賞会」という行事で劇団四季の「ライオンキング」を観ることになりました。「なんだ、これ!という感じ。こんな世界があるなら、高校を卒業してチャレンジしてみたいと思いました」と語っており、その場で心が決まったといいます。
高校3年生になると推薦で大学進学が決まり、夜間に役者の養成所に通い始めます。
そして大学1年生の秋、倍率100倍以上という難関だった劇団四季のオーディションに見事合格。2007年に劇団四季の養成所に入所し、半年後に「ジーザス・クライスト=スーパースター」で舞台デビューを果たしました。
その後「春のめざめ」の主演など目覚ましい活躍をしたのち、2009年末に「ミュージカル以外の場所でも役者として戦って生き残っていきたい」という思いから21〜22歳で劇団四季を退団。2011年からホリプロに所属し、映画・ドラマへと活躍の場を広げていきます。
サッカーから俳優への転換点
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 中学時代 | 反抗期→兄に叱られサッカーに専念 |
| 高校入学 | 都立駒場高校でプロを目指すも実力の壁に直面 |
| 高校1年の夏 | 劇団四季「ライオンキング」鑑賞→衝撃を受け俳優を志す |
| 高校3年 | 推薦で大学進学決定後、夜間の役者養成所へ通う |
| 大学1年秋 | 劇団四季オーディション合格(倍率100倍以上) |
プロフィール!劇団四季から鎌倉殿の13人まで活躍する俳優の軌跡
柿澤勇人(かきざわはやと)さんは1987年10月12日生まれ、神奈川県出身の俳優です。劇団四季での経験を土台に、ホリプロ所属後はミュージカルから大河ドラマまで幅広く活躍する、日本屈指の実力派俳優として知られています。
出身高校は都立駒場高校で、サッカーのスポーツ推薦で入学しました。
その後大学進学(東京都立大学とする情報が多い)と同時に夜間の養成所に通い始め、2007年に劇団四季に入所。半年で「ジーザス・クライスト=スーパースター」でデビューし、「春のめざめ」の主演など目覚ましい活躍をします。念願だった「ライオンキング」のシンバ役も果たしました。2009年末に劇団四季を退団後、2011年からホリプロに所属。
退団後は「デスノート THE MUSICAL」の夜神月役、「スリル・ミー」「メタルマクベス」「ラディアント・ベイビー」など話題作に立て続けに出演します。
2016年にはミュージカル「キンキーブーツ」でチャーリー・プライス役を演じ、ローラ役の三浦春馬さんとの共演が話題に。「二人の化学反応がすごかった」という評価を得て、舞台ファンの間に名コンビとして刻まれました。2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では源実朝役を好演し、舞台ファンだけでなく幅広い視聴者層にも実力が知られるようになりました。第31回読売演劇大賞優秀男優賞、第49回菊田一夫演劇賞などの受賞歴も持ちます。2026年7月には、ミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」で主演を務める予定です。
柿澤勇人のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 柿澤勇人(かきざわはやと) |
| 生年月日 | 1987年10月12日 |
| 出身 | 神奈川県 |
| 所属 | ホリプロ |
| 出身校 | 都立駒場高校 |
| 代表作 | デスノート THE MUSICAL・キンキーブーツ・鎌倉殿の13人 |
【まとめ】柿澤勇人の兄嫁は村主千香!曽祖父・祖父が人間国宝という超名門家系と村主章枝が義姉になった理由!
- 柿澤勇人さんの兄は一般人の会社員で名前・顔写真は非公表です
- 兄は柿澤勇人さんより4歳上(1983年頃生まれ)の43歳前後です
- 兄の妻(兄嫁)は元フィギュアスケート選手の村主千香(すぐりちか)さんです
- 兄と村主千香さんは2012年に結婚しています
- 兄夫婦には息子が2人おり(2013年・2018年生まれ)柿澤勇人さんにとって甥にあたります
- 村主章枝さんは村主千香さんの姉であり柿澤勇人さんにとって義理の姉にあたります
- 柿澤勇人さんと村主章枝さんは兄の結婚をきっかけに義理の姉弟関係になっています
- 初愛車のキャデラックCTSは兄と共同購入で兄の趣味によりギラギラにカスタムされました
- 現在の愛車レクサスRXも兄の強い勧めで購入しています
- 柿澤勇人さんの曽祖父は清元志寿太夫・祖父は清元榮三郎でともに人間国宝です
- 父子二代での人間国宝認定は日本初のことで清元節の最高峰の家系です
- 父は清元節の裏方として活動する一般の方です
- 母は介護士で柿澤勇人さんが「俺はマザコンだ」と公言するほど大好きな存在です
- 中学時代の反抗期に兄にボコボコにされ「サッカーか悪い道かどっちかにしろ」と言われサッカーを選んでいます
- 高校1年で劇団四季「ライオンキング」を観て衝撃を受け俳優の道に進むことを決意しています

